りえおばあちゃんの言葉

 

突然ですが、私の母方の祖母の話をきいてください。

彼女は1998年、84歳で亡くなったのですが、最後の数年間、私は彼女と一緒に暮らしました。

文学や音楽が大好きな人だったので、私は一緒に楽しみながら、祖母の生きた歴史と、彼女の知性や感性をたっぷり吸収することができました。

その恩恵は計り知れません。

晩年、彼女は「老化防止のため。」と言って、雑誌に載っていたテディベア作りをはじめました。

ところが、出来上がるとすぐ人にプレゼントして、どんなクマを作ったのか片っぱしから忘れるようになってしまい・・・

そこで、私がクマたちの写真を撮って記録に残すことにしたのです。

せっかく撮るなら、物語のシナリオを考えて、小物をセッティングし、クマたちにポージングをつけて撮影しようと思いつき、どんどんエスカレートして(笑)、やがて「おばあちゃんず・べあ」とタイトルをつけて、アルバムを作るようになりました。

もう、おわかりですね。

これが、私(未知フォトグラフィ)のアルバムづくりのルーツです。

「おばあちゃんず・べあ」は祖母が亡くなるまで続き、アルバムは全部で3冊になりました。

自分の本当にやりたいことを見つけて、それに向かってまっすぐに生きてください。

 

祖母が亡くなる前の日の晩、枕元に私を呼び寄せて語った言葉です。

もう20年以上前のことですが、あの時の光景は決して忘れられません。
(でも、なぜ敬語だったのかは、いまだに謎です。)

人が、命の灯が消える直前に力を振り絞って発した言葉―
まして、尊敬する大好きだった祖母から受け取った最後の言葉には、想像を絶するほどの重みがあり、まさしく言霊となって、私の心に深く刻み込まれたのでした。

それまでの仕事をやめ、付き合っていた彼と別れてイギリス留学を決めたのは、祖母が亡くなった翌年のこと。

その選択が正しかったどうかは、わかりません。

あの時、もし違う方向に向かっていたら、きっと違う幸せがあっただろうとは思います。

でも、
あの時、
自分の本当にやりたいことを見つけて、それに向かってまっすぐに進んだことだけは、確か。
そう言い切れること自体が、
成功とか失敗とか、
楽しいとか寂しいとか、
人と比べてどうとかこうとか、
そういう物差しとは全く別次元の幸せ=「自分の人生を愛する揺るぎない気持ち」を私に与えてくれているんだと感じます。

生前、私のことを「友達のような孫」と呼んでくれた祖母は、心から私のことを愛し、そして心配して、あの言葉を私に贈ってくれたんだなぁと、つくづく思います。

さて、コロナな世の中の今。

心の奥底にしまってあった祖母の言葉を取り出して、自分が「本当にやりたいことは何か」「向かうべき方向はどこか」、今いちど、見極めるべき時がきたようです。

ね、おばあちゃん。

 
※今回は古いネガプリントを複写して掲載したため写真が不鮮明な点、ご了承ください